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2016.08.17

ところで、キッチンタイマーは、好きですか?

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ピピピッ

白いキッチンタイマーが鳴った。

壇上の女子高校生は、キッチンタイマーの音に、息をのみ、口を閉ざした。
そして、彼女は「ありがとうございました」と深く頭を下げた。

演台から降りる彼女は、くちびるを噛みしめていた。

その様子を見ながら、私は、あと30秒、せめて15秒、欲しかったのだろう。
と彼女の悔しさに思いを馳せていた。

彼女の手の中には、青いキッチンタイマーが握られていた。


       

ところで、キッチンタイマーは、好きですか?


キッチンタイマーって、あのキッチンタイマーです。

台所にある、時間を計る機械です。
カップ麺にお湯を入れて、3分間。その時間を計る、あれです。

我が家には、いわゆるキッチンタイマーが数十個ある。
十数個ではなく、数十個である。

時間を計るだけのキッチンタイマーである。
ものは100円から数千円まで、いろいろだ。

100円均一の店で買えるものは、やっぱり小さい。
ボタンも小さかったりして、なかなか押せない。
時に、そのボタンが機能しないときもあり、操作になかなか難渋する。
しかも、ときどき突然止まる、液晶表示が消える、など、
いつどうなるかわからないハラハラドキドキがたまらない。
ある時、カップ麺を食べようと、お湯を注ぎ、100円均一で買ったキッチンタイマーを押した。
テレビを観てぼんやりしていたら、どうも、3分にしては長い、10分はたったのではないか、と思いそのキッチンタイマーを見ると、液晶が消えていた。ということもある。
100円均一で買えるキッチンタイマーは、なかなかリスキーである。
が、可愛らしいものもあったりして、侮れない。
しかも、100円だ。安い。

数千円したものは、ある百貨店で買った。
デザインもスッキリとしていて、値段相応の品もあるような気がする。
もちろんボタンを押しても壊れない、液晶も消えない。
なかなか優れものだ。

一口に、キッチンタイマーの操作性はさまざまだ。
時間のカウントダウンだけではない、ストップウォッチのように、カウントアップするもの、時計表示のできものなどなど、
キッチンタイマーについては、十数分語れそうである。

が、しかし、たかがキッチンタイマーである。
キッチンには一つあればこと足りる。
なのに、なぜ、数十個、――十数個ではない、数十個である――キッチンで調理時間を計る道具のキッチンタイマーが、それほどあるのか。


ところで、
弘法筆を選ばずということわざがある。
うまい人は道具に関係なく、できるというのである。

しかし、本当にそうだろうか?

過日、近所の均一理髪店(チェーン店ではなく、地元の美容室経営者の娘と思われる女性がやっている理髪店である。1回千円こっきり、洗髪はない、ひげそりも肩もみもなし、髪切りのみ)で、理髪師さんになにげに聞いてみた。
そのハサミはいくらぐらいするものなんですか? と。
「そうですね、比較的安いもので4~5万ですね、上はきりがないですが」とさりげなく答えてくれた。
ハサミが4~5万! それが安いほうなんだ。
いやはや、いつも百均のハサミを使っている身としてはその4~5百倍もの価格差が想像もつかない。

若い時、ある作家の事務所で働いていたことがある。
その作家の方は、ワープロで書いていたのだが、新品がでるとよく買い換えていた。印字に品がない(当時はワープロとプリンタはほとんどセットであり、ドットプリンターというかなり粗いものだった)とか、なんだりかんだり、という理由で。
書かれた(というか打たれた)小説のプリントアウトは、編集者しか読むことはないというのに。

料理人が庖丁にこだわるように。
大工さんが大工道具に拘るように。

弘法は筆を選ぶのだ。

だから、キッチンタイマーにも拘るのである。
私にとってキッチンタイマーは、
理容師、美容師にとってのハサミというよりは、ヘアブラシ、ヘアピンのようなもの。

物書きにとっての万年筆、というよりメモ用紙のようなもの。
料理人にとっての庖丁というよりは、菜箸のようなもの、である。
なくてはならない、こともないけど、あるのが普通の存在なのだ。
だから、キッチンタイマーは、気になる。

誰かが使っているのを見ると、使い勝手はどうなのか、大きさは、いくらくらいのものなのか、等々。

私の仕事用の鞄の中には、キッチンタイマーが数個と予備の電池が入っている。
仕事用でなくても、キッチンタイマーセットは持っている。

妻と私ではキッチンタイマーの好みが違う。だから、それぞれが持つキッチンタイマーセットも異なる。

家電店にいくと、なんとなくキッチンタイマー売り場を覗いてしまう。
キッチンタイマーは家電店の中で、それほど大きな面積を占めているわけではない。が、探し出して、あれこれ見てしまうのだ。
ほほ~、これは新型だな、これはなかなか使い勝手が良さそうだ、とかとか。

このキッチンタイマーは、台所で使うわけではない。

冒頭の場面に戻ろう

女子高校生が壇上を降り、
白いキッチンタイマーを持った男性がこう告げる。

「試合は終了です。これから審判の検討に入ります」

私は他の審判たちともに別室に移動する。
席に着くと、審判団の主審が
「判定がでたら、教えてください」

それぞれの審判が、A3用紙にとったメモを見ながら、考えはじめる。
「でました」
「でましたよ」
「では、一斉に判定を」

それぞれの勝敗を見比べ、主審は
「勝敗の理由を簡潔に教えてください。それから生徒達へのアドバイスをお願いします」

……

私たち審判は、元の教室に戻り、主審は演台に立ち、左右に並ぶ高校生たちを見る。

そして、正面を向き、顔を上げる。
演台の向かいには、左右の高校生たちと同じような中高生たち、父母らの大人、先生たちが席を埋めている。

白いキッチンタイマーを持った司会者が
「この試合の終了時間は……」と終わりの時間を告げる。

主審は、手元のキッチンタイマーをセットし、スタートボタンを押す。
「決勝トーナメント一回戦、お疲れ様でした。ここで勝ったチームは次に進み、ここで全国大会が、今年の夏が終わる、というチームも出てくるわけです。それでも、ここまで準備し、予選を戦い、そして、この試合でえたことは、まだまだ続きます。
では、判定を述べていきます……

主審の手元のキッチンタイマーは、残り時間が僅かだと告げている。

……、では、勝敗は、3対0で、肯定側の勝ちです」

最後にくちびるを噛みしめていた少女のいるチームの勝利だった。
彼女たちは、勝利の歓喜を爆発させる。
最後のスピーチの悔しさは、払拭されたのだろうか。

相手チームは、深い溜息をつく。男子生徒の一人が涙を流している。その彼を慰める少女がいる。

司会者が最後にいう。
「両チームは、お互いの健闘をたたえ、握手をしてください。観客の皆さん、拍手をお願いします」

一つの試合が終わり、勝者と敗者が決まった。
敗者は、この夏の、今年のシーズンの終わりだった。次の試合はない。
勝者は、頂点を目指して、次の試合が待っている。

しかし、それでもやがてキッチンタイマーが鳴り、終わりはくる。
ディベート甲子園の一幕である。

司会者の手元のキッチンタイマーは、試合の各所で時を告げていた。
その時間の中で、少女や少年たちは、言葉の限りを尽くす。

彼らの言葉を受け取る私たち審判も、限られた時間の中で、彼らの言葉を受け入れ、吟味し、検討し、判断し、判定を出していったのだ。

私は言葉をやり取りし、闘うディベートに関わっている。

ディベートは、時間を決めてやり取りをする。だから、時間を計るキッチンタイマーが、必要なのだ。

そして、キッチンタイマーを挟んで、妻と知り合い、今の家庭を作ったのだ。
そうだ、結婚式のケーキもキッチンタイマーだった。

私たちが結婚したとき、それぞれの両親、親戚、縁者が東京と北海道と離れていたので、それぞれの地で縁者だけを集めての披露宴をし、それとは別に友人を集めた披露宴もした。
その友人たちを集めての披露宴で、ケーキ入刀のセレモニーをした。
その時のケーキがキッチンタイマーだった。
キッチンタイマーを模したものを特注で作ってもらったのだ。
ただ、キッチンタイマーはあまり立体的ではないので、ケーキの近くにいる人しかわからなかったかもしれないけれど。

それほどにキッチンタイマーが好きなのである。


ところで、キッチンタイマーは、好きですか?

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