「まさか! 愛され上手になる秘訣が、そんな簡単なことだったなんて……」
プライベートが充実している人は、仕事でも引く手あまた。
ついつい不満を言いたくなってしまうほど、モテる人に仕事も人も集中する。
佐々木希みたいにパッチリな目になれるアイメイクをしたり、石原さとみみたいなウルウルな唇を作ったりしたらいいんだろうか。
一生懸命ジムに通って、中村アンや菜々緒みたいな抜群のスタイルを目指さなきゃいけないんだろうか。
それとも女優としてもモデルとしても活躍するローラみたいに、自分の才能を磨きあげる努力をしたらいいんだろうか。
最近の「モテる女性」の代表格と称される芸能人のレベルはあまりに高すぎる。
一体、どうすれば、普通のわたしも仕事でもプライベートでも愛されて、しあわせを掴み取るとができるんだろう。
空き時間ができるたびにスマホの画面をスクロールしては、ため息をつく。
そんな時、何気なく見つけた講座で、わたしは「目から鱗!」の体験をした。
「愛され上手」になる近道は「雑談上手」になることだったのだ。
——なんで「雑談」を学ぶためにお金を払わなきゃいけないんだろう。
正直、「雑談」を学ぶためのセミナーのお知らせを見かけた時、そんな風に思っていた。
「交渉」とか「プレゼン」のスキルを学ぶならわかるけど「雑談」って、学ぶものなのだろうか。
ところが本屋さんに足を運んでみると、人気の新刊コーナーにはズラリと「雑談」にまつわる書籍が並んでいる。
「雑談が変われば仕事や人間関係が変わる」「縁やお金を呼び込む雑談」
まるで「雑談」が人生の悩みに効く万能薬のように紹介されている。
そもそも何を話したらいいかわからないし、口を開いたものの盛り上がらないことも多いし、妙にダラダラ長引いて終わり方がわからなくなったりもする。
なんだか気まずい思いを味わい、無駄な時間を過ごしているように感じてしまい、結局は「雑談」自体を避けてしまう。必要不可欠な話以外はしなくてもいいんじゃないか、そう思うようになっていた。
なんとなく過ぎてしまう日常がもう少し濃厚で充実したものになるんじゃないだろうか。
そんな風に淡い期待を抱くようになり、半ば好奇心半分でそのセミナーに参加した。
「雑談」がこんなにも人と人とを繋げてくれるだなんて。
「雑談」の力を甘く見過ぎていた自分が恥ずかしくなった。
さらにセミナーで学んだことを、日常の中でも実践するように意識をした。
週末は一人家でダラダラ過ごしてばっかりだったのに「今度一緒に行ってみませんか?」というお誘いで、週末のスケジュールがどんどん埋まっていく。
「こないだの話、もう少し聞かせてもらえませんか?」営業担当でもないのに、不思議とお客様からお声がかかるようになる。
「ちょっとそれ、仕事にしてみない?」趣味でやっていたことで、お金をもらえる機会をいただける。
まさに、それはわたしが憧れていた「愛され上手」の姿だった。
仕事もプライベートも充実して引く手あまた。その理想の姿に近づける一歩が、「雑談」だったなんて。
それも、特別な訓練を受けるわけではなく、ちょっとしたポイントを押さえるだけだ。
少し意識を変えるだけで、苦手だったはずの「雑談」が楽しくなる。
それにセミナーを一度受けてコツを掴めば、日常の中で「雑談」に挑戦する機会は、それこそ嫌という程溢れている。
飲み会で仲の良い友人がお手洗いに行ってしまった時の時間。
ジムやセミナーなどの習い事で顔を合わせる人たちとの空間。
家族を迎えに行って待っている人たちが集まっている時。
無理して探さなくても、「雑談」を求められる瞬間は多くある。
実践すべき場が、求めなくても向こうからやってきてくれる。
そうなれば、機会があるごとに挑戦していけば、どんどん練習することができる。
無理をしなくてもあっという間に「雑談上手」になれてしまう。
するとどうだろう。以前よりも「愛され上手」に近付いてしまう。
特別なことや劇的な変化があったわけでもなく、ただ「雑談」を楽しんでいただけなのに。
「雑談上手」は「愛され上手」に近づくためのある三つの条件を満たしているのだ。
それは「聞き上手」「甘え上手」「お別れ上手」になること。
「雑談上手」は「話し上手」かと思いきや、実はそうではない。
セミナーの中では、「聞いてもらう」練習や「聞く」体験をする。
その瞬間、普段は意識していなかった「聞く」という行為が、コミュニケーションの場においてどれだけ重要なことかを痛感させられる。
「聞いてもらえる」ということが、どれだけ嬉しいことかも身をもってわかるようになる。
「話すのが苦手」という人も、本当はみんな「話したい」という願望を持っている。
「誰かに満たしてほしい」と密かに願っている欲求を、やさしく受け止めてくれるからだ。
あぁ、もう一度あの人に会いたい。あの人に聞いてもらいたい。
雑談を練習し、「聞き上手」になることで、人の気持ちをグッと引き寄せられるようになる。
え! そんなことできないよ! と思う人もいるかもしれない。
そんなの、ブリっ子がすることだよ、なんて思う人もいるかもしれない。
相手が「甘えられている」という認識を持たないままに、つい手を差し出してしまいたくなるのだ。
例えば会話の中で「最近趣味を始めましてね」「あれがほしいんだけど、なかなか見つからなくて」「わたしあれ大好きなんです!」そんな言葉が自然と出てくるようになる。
本人は甘えるつもりもねだるつもりもない。ただ「雑談」をしているだけだ。
聞いている相手もさりげなく聞きながら「あれ、そういえば!」と思いつく。
「私の知り合いに得意な人がいるから紹介しようか?」「わー、それならいいところを知ってるよ! 一緒に行こうよ!」「ちょうどそういう人を探してたの! ねぇ。やってみない?」
「これをしてほしいな」「お願いしたいな」そんなことは思ってもいないし頼んでもいないのに、不思議と相手から手を差し伸べてくれる。なぜだか自然と願いが叶ってしまう。
「雑談上手」こそ、誰にも気づかれない本当の「甘え上手」なのだ。
「しつこいな」「もういいよ!」そう思われてしまったら、「愛され上手」は遠のいてしまう。
ところが「雑談上手」になると「お別れ上手」にもなれてしまう。
それは「雑談」を「終わらせるタイミング」をうまく掴めるようになるからだ。
「雑談」が苦手な人はついついダラダラ喋り続けてしまう。そうすると、自分でもだんだん飽きてきてしまうし、相手にも「長いな……」なんて思わせてしまう。
そうなれば、次回会うときも相手の気持ちは重くなる。
「悪い人じゃないんだけど、話が長いし、つまらないんだよな」
ちょうど良いタイミングで「じゃ、また!」と終わらせるからこそ、
——え、もうちょっと話したかったのに。もっと話したいな。また会いたいな。
「雑談上手」になり、気持ちがいい引き際をわきまえるからこそ、「また次回」に繋げることができるのだ。
「まさか! 愛され上手になる秘訣が、そんな簡単なことだったなんて……」
愛されるために磨くべきは「メイク」でも「スタイル」でも「才能」だけでもなく「雑談力」だったのだ。「雑談上手」になることで、「聞き上手」になって相手の欲求を満たし、「甘え上手」になって相手に頼って関係性を深め、「お別れ上手」になって、また会いたくなる気持ちを刺激する。
そうすることで、気付けば仕事も人も集まってくる「モテる愛され上手」に近づいてしまうのだ。
実際、ビジネスの場でも、プライベートの場でも、多くの人は「誰かいい人」を探している。
いたらお友達になりたいな。あの人の恋人候補に紹介したいな。
そんな風に、どこか身近にいる「誰かいい人」を探している。
そんな人に「あ、この人いいかも」そう思ってもらえる場が「雑談」だ。
雑談の中で上手に聞いて、甘えて、お別れすることができれば、必ず「次」の機会も訪れる。
そうした時に、頼まれたことで期待以上の結果を出す。出かけた先で、楽しい時間を過ごせるよう気を配る。雑談には盛り込めなかった別の魅力をお伝えする。
そうすれば「あの人にまたお願いしよう」「またあの人に会いたい」
仕事でもプライベートでも、気付けばお声がかかるようになっている。
それに「雑談」は相手を知るための絶好のチャンスでもある。
「これからビジネスの話をします!」と分かっている交渉の場、
「あなたが結婚相手にふさわしいか見定めます!」と試される婚活の場。
いわば「キメ顔」で挑む勝負の場では、お互い肩に力が入り、お決まりの建前を崩すことは難しい。練りに練った「戦略」を持つ人には、なかなか勝つことができない。
ところがふとした場面での「雑談」はまさに素顔が見られる「オフショット」。
そこには、相手の心を掴むための「宝物」のようなヒントがザクザク詰まっている。
何気ない会話の中にこそ、相手が無意識に話してしまうことにこそ、本音や大切なことが隠されている。
それらを一つずつ大切に受け取って、丁寧にお返しすることができたら。
「この人にお願いしたい!」「この人にまた会いたい!」
「愛され上手」になる近道は「雑談上手」になることだったのだ。
この会話も、ただの「雑談」と受け流してもらえたらいいんだけどな。
だってそうすれば「愛され上手」のポジションを競い合うライバルを増やさなくて済むからだ。
必死に女磨きをしなくても、自然と充実したしあわせな毎日を手に入れることができるのだ。
『雑談力をつけるセミナー』で学んだちょっとしたコツを、おさらいしなくっちゃ!
「雑談力」を磨くことで「愛され力」も増していく。毎日がどんどん楽しくなる。