過日、息子の通う小学校の運動会があった。
運動会、そのハイライトというか、山場は徒競走だ。(まあ、対抗リレーの方が盛り上がるのだが、低学年の息子には関係がない)
この小学校は、しっかりと順位をつける。愚かな悪平等主義はない。(徒競走で順位をつけないとか、最後はみんなで手をつないでゴールするとか、そんな偽善はないのだ)
で、息子の徒競走の番になった。
結果は、5人中5位であった。
5番の旗の下、息子はグランドの砂をいじっていた。
翌朝、妻から息子が夜泣いていたと話してくれた。
曰く、「僕は足が遅いもん、保育園の時もビリだったし、これからもずっとビリなんだぁ……」
と。
胸が痛んだ。息子は、ビリだったのが辛かったんだなあ。
「いつもそうだ、これからも常にそうなるに決まっている」というのは、イラショナルビリーフ(誤った信念)だ。
このイラショナルビリーフを論駁するのはたやすいことだし、息子もイラショナルだということに気がつくだろう。そうすれば、深い悲しみも癒やされるだろう。残念と思うくらいになるかもしれない。
不健全でネガティブな感情は、健全でネガティブな感情にはなるだろう。
しかし、足が遅いことには変わりはない。
この事実を受け入れて、別のことに心を向けることも出来る。
このまま何もしないでいることも、足が速くなるために何かすることも出来る。
かけっこの練習をしたり、学んだりすることも出来るのだ。
親の役目は、こどもの問題解決のために、少しばかり手助けすることだ。
もし、努力をしても速くならなかったら、その時は、またその事実を受け入れることが出来るように手助けをしよう。
さて、どうするか。
私も妻も、高校までは体育会だった。私は剣道、妻はテニスをやっていた。だから、体を動かすことは、まあ、昔取った杵柄、何とかなる。100メートルを13秒台で走ったこともある(35年前だけど)。まあ、遅くはない。が、走ることが専門ではない。速く走ることは出来るけれど、どうすれば速く走れるようになるのかは、うまく説明できない。
ならば、餅は餅屋、そば屋でラーメンを頼んではいけないのだ。
かけっこ教室を探す。コツを掴めば、それなりに走ることが出来るだろう。
しかし、教室はなかなか無いし、あっても日程が合わない。
そうだ、家庭教師だ。いつかテレビで見た、スポーツ家庭教師、個人教授を頼もう。
ネットで探がす。お試し、があるところを見つけた。どのように教えるのか、こちらとしてもチェックをしてみたい。「お試し」があるのは、なかなかいい。
来てもらった日は、あいにくの雨。
かけっこの練習は出来ず、家の中で簡単に縄跳びを教えてもらう。
縄跳びも息子はなかなか出来ない。
2回飛ぶことが出来れば上出来。
親が上体を起こして、とか何とか言っても聞かないし。
家庭教師は、一つ一つ丁寧に説明をし、課題を少しずつクリアしていった。
一つ課題をこなすたびに、励ましの言葉をかける。
すると、どうだろう、わずか30分ほどの練習で、2回しか飛べなかった縄跳びが
15回も飛べるようになったのだ。
息子も大喜び、親も感動だ。
家庭教師の人が帰った後も練習をしたら、30回も飛べるようになった。
無手勝流で闇雲に練習するより、専門家に手ほどきを受ける方が、遙かに上達が早い。
よし、この調子でかけっこと水泳も頑張れ、息子よ。
個別の指導が効果を上げるなら、ディベートやプレゼンテーションも個別指導する、というのも手だな。息子の様子を見ながら、思った。どうやれば個別指導が成り立つのか、考えてみよう。