日記・コラム・つぶやき

2017.08.07

2017年ディベート甲子園最終日

ディベート甲子園 
本日は最終日

 abemaTVFRESH!
で視聴できます。

本日 11:20 - 12:00
第22回ディベート甲子園 中学決勝

13:30 - 14:20
第22回ディベート甲子園 高校決勝

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2017.07.31

今日は、二十歳!

東京は、少し夏らしい天気です。
暑いのは好きです。
北海道の片田舎に生まれたので、暑さは弱いけど、好きなのです。いや憧れですね。もう、北海道に住んでいた期間よりも長く東京に住んでいます。それでも、身体に染みついた暑さへの憧れは消えません。
子供の頃北海道のオホーツク海側は、夏でも30度を超えることはありませんでした。
暑いけど、バリバリいきます。

今日の脳年齢は「20歳」!
やったね。

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2017.07.28

新入社員斉木真理恵は真夜中に……

久しぶりに天狼院書店サイトに掲載されました。
短編の物語です。
楽しんでいただければ幸いです。

新入社員斉木真理恵は真夜中に……




思いの外、たくさんの人が来ている。
俺は二階あたりから階下のようすを見ていた。
ふ~ん、こんなに来るのか、そんなに捨てたものではないな、俺も。
集う人たちを見ながら、一人の人のことを思っていた。
彼女は来るのだろうか?
あれは、彼女の上司、いや先輩だ。彼も来てくれた。
それなら、あ、彼女だ。先輩の背に隠れて見えなかったんだ。
薄い色の髪、いつものポニーテールで分かった。
俺は下におり、彼女に近づいていった。
彼女と先輩の話し声が聞こえてきた。

彼女、斉木真理恵と初めて会ったのは株式会社ソニエアさんでだった。

続きは、天狼院サイトで!

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2017.07.11

まさか! 愛され上手になる秘訣が、そんな簡単なことだったなんて……

 

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「まさか! 愛され上手になる秘訣が、そんな簡単なことだったなんて……」

プライベートが充実している人は、仕事でも引く手あまた。

——神様は平等じゃない! 

ついつい不満を言いたくなってしまうほど、モテる人に仕事も人も集中する。

一体、どうしたらそんな風になれるんだろうか。

佐々木希みたいにパッチリな目になれるアイメイクをしたり、石原さとみみたいなウルウルな唇を作ったりしたらいいんだろうか。

一生懸命ジムに通って、中村アンや菜々緒みたいな抜群のスタイルを目指さなきゃいけないんだろうか。

それとも女優としてもモデルとしても活躍するローラみたいに、自分の才能を磨きあげる努力をしたらいいんだろうか。

最近の「モテる女性」の代表格と称される芸能人のレベルはあまりに高すぎる。

一体、どうすれば、普通のわたしも仕事でもプライベートでも愛されて、しあわせを掴み取るとができるんだろう。

空き時間ができるたびにスマホの画面をスクロールしては、ため息をつく。

「どうせわたしなんて……」

そんな時、何気なく見つけた講座で、わたしは「目から鱗!」の体験をした。

それはとても簡単なことだった。

「愛され上手」になる近道は「雑談上手」になることだったのだ。


——なんで「雑談」を学ぶためにお金を払わなきゃいけないんだろう。

正直、「雑談」を学ぶためのセミナーのお知らせを見かけた時、そんな風に思っていた。

だって、「雑談」なんて誰でもできること。

「交渉」とか「プレゼン」のスキルを学ぶならわかるけど「雑談」って、学ぶものなのだろうか。

ところが本屋さんに足を運んでみると、人気の新刊コーナーにはズラリと「雑談」にまつわる書籍が並んでいる。

「雑談が変われば仕事や人間関係が変わる」「縁やお金を呼び込む雑談」

まるで「雑談」が人生の悩みに効く万能薬のように紹介されている。

たかが雑談、されど雑談。

確かに、わたしは「雑談」が苦手だ。

そもそも何を話したらいいかわからないし、口を開いたものの盛り上がらないことも多いし、妙にダラダラ長引いて終わり方がわからなくなったりもする。

なんだか気まずい思いを味わい、無駄な時間を過ごしているように感じてしまい、結局は「雑談」自体を避けてしまう。必要不可欠な話以外はしなくてもいいんじゃないか、そう思うようになっていた。

だけど、もしその「雑談」が得意になったなら。

少しでも「雑談」が楽しいと思うようになったなら。

なんとなく過ぎてしまう日常がもう少し濃厚で充実したものになるんじゃないだろうか。

そんな風に淡い期待を抱くようになり、半ば好奇心半分でそのセミナーに参加した。


すると。

それはまさにわたしにとって「目から鱗」だった。

「雑談」がこんなに楽しいものだったなんて。

「雑談」がこんなにも人と人とを繋げてくれるだなんて。

「雑談」の力を甘く見過ぎていた自分が恥ずかしくなった。


さらにセミナーで学んだことを、日常の中でも実践するように意識をした。

そしたらなんと。

色々なことがスムーズに動き出した。

週末は一人家でダラダラ過ごしてばっかりだったのに「今度一緒に行ってみませんか?」というお誘いで、週末のスケジュールがどんどん埋まっていく。

「こないだの話、もう少し聞かせてもらえませんか?」営業担当でもないのに、不思議とお客様からお声がかかるようになる。

「ちょっとそれ、仕事にしてみない?」趣味でやっていたことで、お金をもらえる機会をいただける。

なんだこれは! 

まさに、それはわたしが憧れていた「愛され上手」の姿だった。

仕事もプライベートも充実して引く手あまた。その理想の姿に近づける一歩が、「雑談」だったなんて。

それも、特別な訓練を受けるわけではなく、ちょっとしたポイントを押さえるだけだ。

少し意識を変えるだけで、苦手だったはずの「雑談」が楽しくなる。

それにセミナーを一度受けてコツを掴めば、日常の中で「雑談」に挑戦する機会は、それこそ嫌という程溢れている。

職場での上司や同僚との会話。

お客様との場を繋ぐための時間。

ご近所の人と顔を合わせた時。

飲み会で仲の良い友人がお手洗いに行ってしまった時の時間。

ジムやセミナーなどの習い事で顔を合わせる人たちとの空間。

家族を迎えに行って待っている人たちが集まっている時。

無理して探さなくても、「雑談」を求められる瞬間は多くある。

実践すべき場が、求めなくても向こうからやってきてくれる。

そうなれば、機会があるごとに挑戦していけば、どんどん練習することができる。

無理をしなくてもあっという間に「雑談上手」になれてしまう。


するとどうだろう。以前よりも「愛され上手」に近付いてしまう。

特別なことや劇的な変化があったわけでもなく、ただ「雑談」を楽しんでいただけなのに。


それにはきっと、こんな理由があるのだろう。

「雑談上手」は「愛され上手」に近づくためのある三つの条件を満たしているのだ。

それは「聞き上手」「甘え上手」「お別れ上手」になること。


まずは「聞き上手」。

「雑談上手」は「話し上手」かと思いきや、実はそうではない。

「聞き上手」なのだ。

セミナーの中では、「聞いてもらう」練習や「聞く」体験をする。

その瞬間、普段は意識していなかった「聞く」という行為が、コミュニケーションの場においてどれだけ重要なことかを痛感させられる。

「聞いてもらえる」ということが、どれだけ嬉しいことかも身をもってわかるようになる。

「話すのが苦手」という人も、本当はみんな「話したい」という願望を持っている。

だからこそ「聞き上手」は愛される。

「誰かに満たしてほしい」と密かに願っている欲求を、やさしく受け止めてくれるからだ。

あぁ、もう一度あの人に会いたい。あの人に聞いてもらいたい。

そんな気持ちにさせられてしまう。

雑談を練習し、「聞き上手」になることで、人の気持ちをグッと引き寄せられるようになる。


次が「甘え上手」。

え! そんなことできないよ! と思う人もいるかもしれない。

そんなの、ブリっ子がすることだよ、なんて思う人もいるかもしれない。

だけど、違う。

「雑談上手」の甘え方は、本当に上手なのだ。

相手が「甘えられている」という認識を持たないままに、つい手を差し出してしまいたくなるのだ。

例えば会話の中で「最近趣味を始めましてね」「あれがほしいんだけど、なかなか見つからなくて」「わたしあれ大好きなんです!」そんな言葉が自然と出てくるようになる。

本人は甘えるつもりもねだるつもりもない。ただ「雑談」をしているだけだ。

だから嫌味もないし、妙な圧迫感もない。

聞いている相手もさりげなく聞きながら「あれ、そういえば!」と思いつく。

「私の知り合いに得意な人がいるから紹介しようか?」「わー、それならいいところを知ってるよ! 一緒に行こうよ!」「ちょうどそういう人を探してたの! ねぇ。やってみない?」

「これをしてほしいな」「お願いしたいな」そんなことは思ってもいないし頼んでもいないのに、不思議と相手から手を差し伸べてくれる。なぜだか自然と願いが叶ってしまう。

「雑談上手」こそ、誰にも気づかれない本当の「甘え上手」なのだ。


そして三つ目が「お別れ上手」。

「しつこいな」「もういいよ!」そう思われてしまったら、「愛され上手」は遠のいてしまう。

ところが「雑談上手」になると「お別れ上手」にもなれてしまう。

それは「雑談」を「終わらせるタイミング」をうまく掴めるようになるからだ。

「雑談」が苦手な人はついついダラダラ喋り続けてしまう。そうすると、自分でもだんだん飽きてきてしまうし、相手にも「長いな……」なんて思わせてしまう。

そうなれば、次回会うときも相手の気持ちは重くなる。

「悪い人じゃないんだけど、話が長いし、つまらないんだよな」

望んでいた「次の機会」が次第に遠ざかる。

ちょうど良いタイミングで「じゃ、また!」と終わらせるからこそ、

——え、もうちょっと話したかったのに。もっと話したいな。また会いたいな。

そんな風に思ってもらえるようになる。

「雑談上手」になり、気持ちがいい引き際をわきまえるからこそ、「また次回」に繋げることができるのだ。


「まさか! 愛され上手になる秘訣が、そんな簡単なことだったなんて……」

愛されるために磨くべきは「メイク」でも「スタイル」でも「才能」だけでもなく「雑談力」だったのだ。「雑談上手」になることで、「聞き上手」になって相手の欲求を満たし、「甘え上手」になって相手に頼って関係性を深め、「お別れ上手」になって、また会いたくなる気持ちを刺激する。

そうすることで、気付けば仕事も人も集まってくる「モテる愛され上手」に近づいてしまうのだ。


実際、ビジネスの場でも、プライベートの場でも、多くの人は「誰かいい人」を探している。

それは特別な人ではない。

立候補して手を挙げて待っている人でもない。


何となくこんなことができる人はいないかな。

いたらちょっとお仕事を頼みたいんだよな。

何となくこんな感じの人はいないかな。

いたらお友達になりたいな。あの人の恋人候補に紹介したいな。

そんな風に、どこか身近にいる「誰かいい人」を探している。

そんな人に「あ、この人いいかも」そう思ってもらえる場が「雑談」だ。


「あ!」

こんな風に聞いてくれる人を探してた! 

これをやっている人を探してた! 

もっと話していたいのに、もう去ってしまうなんて! 


雑談の中で上手に聞いて、甘えて、お別れすることができれば、必ず「次」の機会も訪れる。

そうした時に、頼まれたことで期待以上の結果を出す。出かけた先で、楽しい時間を過ごせるよう気を配る。雑談には盛り込めなかった別の魅力をお伝えする。

そうすれば「あの人にまたお願いしよう」「またあの人に会いたい」

仕事でもプライベートでも、気付けばお声がかかるようになっている。


それに「雑談」は相手を知るための絶好のチャンスでもある。

「これからビジネスの話をします!」と分かっている交渉の場、

「あなたが結婚相手にふさわしいか見定めます!」と試される婚活の場。

いわば「キメ顔」で挑む勝負の場では、お互い肩に力が入り、お決まりの建前を崩すことは難しい。練りに練った「戦略」を持つ人には、なかなか勝つことができない。

ところがふとした場面での「雑談」はまさに素顔が見られる「オフショット」。

そこには、相手の心を掴むための「宝物」のようなヒントがザクザク詰まっている。

何気ない会話の中にこそ、相手が無意識に話してしまうことにこそ、本音や大切なことが隠されている。

それらを一つずつ大切に受け取って、丁寧にお返しすることができたら。

「この人にお願いしたい!」「この人にまた会いたい!」

自然と仕事も人も集まってくる。

「愛され上手」になる近道は「雑談上手」になることだったのだ。


なーんてね! 

この会話も、ただの「雑談」と受け流してもらえたらいいんだけどな。

だってそうすれば「愛され上手」のポジションを競い合うライバルを増やさなくて済むからだ。

必死に女磨きをしなくても、自然と充実したしあわせな毎日を手に入れることができるのだ。

あ、いけない、もうこんな時間! 

『雑談力をつけるセミナー』で学んだちょっとしたコツを、おさらいしなくっちゃ! 

「雑談力」を磨くことで「愛され力」も増していく。毎日がどんどん楽しくなる。

じゃあ。

またどこかで。

(文:マーケティングライター 木村保絵)



雑談力をつけるセミナー

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―― N&Sラーニング ――

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2017.06.27

ディベート授業と幻想の文学

本日は、某私学の中学2年生のディベートの授業だった。
久しぶりにあった彼ら(1年の時もディベート授業をしている。男子校だ)の成長に目を見張る。

帰宅後は、「たべるのがおそい」(文芸誌)を堪能。
山尾悠子さんの短篇を風呂につかりながら読む。
いや、これがいい。
幻想の言葉と文章、そして象形に気持ちよく漂う。
いいなあ。
彼女の小説を読み返してみよう。

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閑話休題
huluで「ギヴァー」を観るのだが、途切れ途切れになり、画面にサークルが出てくるのにイラつく。
別の動画配信は、スムーズなのに。どうしたのだhulu

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2017.06.15

「自分の人生、何もかもが中途半端だなぁ」

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「自分の人生、何もかもが中途半端だなぁ」
そんな風に感じたことはありませんか? 
周囲の友人は結婚をして幸せそうなのに、自分は独身のまま。
自由だし楽しいけれど、これでいいのかなと不安に感じることがある。
学生の頃夢見ていた職業は諦め、とりあえず入れた企業で正社員として働いている。
安定はしているけれど、やりがいがあるか? 給与に満足しているか? と言われれば、言葉を濁してしまう。
休日には友人と飲みに行ったり、趣味のスポーツをしたり、映画を見に行ったり。
それなりに楽しいけれど、休みの度にお金を使い、給料日前には財布の中が寂しい。

この繰り返しでいいのだろうか。
急を要するほど何かが足りないわけじゃない。
このままでも充分恵まれているし、幸せだとは思う。
だけど、何か満たされない気持ちが、モヤモヤとした不安が襲ってくる。


このままでいいのだろうか。
そう考えているうちに、不安はだんだん大きくなってくる。
このまま、「このままでいいのだろうか」と考え続けているだけで、いいのだろうか。
そんな風に感じたことはありませんか? 
ある料理家がトーク番組でこんな話をしていました。
「今これから何を食べたいかを言えない子は、明日何をしたいかを答えられない」と。
「食べる」ということは「生きる」ことに直結しています。
人間は、食べることで栄養を摂取し、そのエネルギーで生きていく。
食べることを止めてしまえば、お腹が空いて死んでしまう。
生きていくために、今何を食べるべきか。何が不足しているか。
それを瞬時に判断できるからこそ、「食べたい」という欲求が生まれてきます。
「食べたい」という欲求の裏には「生きたい」という欲求が隠されているのです。


そんな「生きたい」につながる「食べたい」という欲求が鈍ってしまえば、夢を見る力も衰えてしまう。
今生きようとする力が湧いてこないのに、明日、将来、どんな風に生きたいのかなんて、イメージすることはできません。
戦地で生きるこども達、貧しい国で暮らすこども達に「何が食べたいか」を聞くと、
パンやお肉やチョコレートやアイスクリームなど、次々と食べたいものを答えるそうです。
同時に将来の夢を聞くと、ママの病気を治すお医者さん、歌手になってお金持ちになりたい、学校の先生になってこども達に勉強を教えたいと、叶えた願いも次々にあふれてくる。
現状は大変でも、「生きたい」という強い気持ちを持っています。


生き抜くために強い願いや希望を持っているから、何が食べたいのか、これからどうなりたいのか、ハッキリと語ることができるのです。
ところが、日本のこども達に、今何が食べたいか、将来何がしたいかを尋ねると、明確に言える子が減ってきているといいます。
それは、こどもだけでしょうか。
大人は、きちんと答えることができるでしょうか。
「何を食べたい?」
「何でもいいよ」
「将来どんな風に生きていたい?」
「夢なんて語っている場合じゃないよ」
残念なことに、そんな会話があちこちから聞こえてきます。
必死に食べること、生きることを意識しなくても良いからこそ、考える機会が減ってしまったのかもしれません。
「食べられる」ことが前提だから、何を食べたいのかを必死で考えなくても良い。
何かしらしていれば「生きられる」ことが前提だから、夢や願いを強くもっていなくても良い。
なんとなくでも何かを食べれば生きられるし、なんとなく何かをしていればお金が入ってきて生活ができる。
必死に考えなくても生きていけるから、わざわざ考えたりしない。
自分自身の内面と向き合うのは面倒だから、わざわざ考えたりしない。
それでも困ることはないけれど、ある時ふと思ってしまう。


「自分の人生、何もかもが中途半端だな」
「このままでいいのだろうか」と。
ぼんやりと疑問は浮かんでくるものの、ハッキリと答えを出すことはできない。
一体どうしたらいいのだろうか。
考えてみても答えが見えなくて、段々と考えることを諦めてしまう。
時間に追われ、忙しい日々を過ごすうちに、自分の本心や本音と向き合えず、
答えを出さないままの疑問が多く残されているかもしれません。


そんな時、ふと会議の場でマイクを渡される。
もしくは部長から「明日のプレゼン、急きょ君にお願いできないか」と言われる。
そんな場面に遭遇した時、果たして自信を持って「任せてください」と言えるでしょうか。
突然人前に立って、堂々と話すことはできるでしょうか。
「なんか中途半端だな」「このままでいいのかな」とぼんやり思い続けた人が、
この後何が食べたいか、明日何をしたいかを語れない人が、
突然明確にハキハキと、多くの人に何かを伝えることができるのでしょうか。
もちろん、事前に話すことがわかっていれば、「わかりやすく伝える」ためのフォーマットを使用し、台本を作りこみ、上手に読めるように練習を繰り返し、それでうまくいくこともあるかもしれません。
社会人生活も長くなればなるほど、それなりに人前で発言する回数は増えていくからです。
では、突然の質問や、急きょ議題が変更になった時はどうでしょうか。
どんな時でも、堂々と自分の意見を述べることが、できるでしょうか。


「わかりやすく話すことができる」と「考えることが習慣になっている」は大きくつながっています。
普段から自分自身に対する疑問に答えが出せないままにしていると、他人の質問にハッキリと明確に答えることも難しくなります。なぜなら自分の意見の蓄積が足りないからです。
今はこれを食べたい。明日はこれをしたい。将来はこうなりたい。
そんな考えが明確になっているからこそ、「このことについてはこう思う」という考えを持てるようになり、
人前でもブレずに自分の意見を述べることができるのです。
「考えてはいるよ。常に悩んでいるよ」
心ではそう思っているものの、なんだか胸がズキズキ痛い。
わかってはいるはずなのに、いざ人前に立つと緊張してしまい、言葉が出ない。
アドリブが利かず、頭が真っ白になってしまう。
考えていることが、言葉になって出てこない。
そんな場面が多い場合はやはり、考えることの習慣や、自分の意見の蓄積が、不足しているのかもしれません。


だとしたら、そもそも考えるとは、どのような手順でしていくものなのでしょうか。
考えても悩んでも答えを出せない問いには、どのように取り組んでいけば良いのでしょうか。
スポーツや芸術など様々なことに基本の型があるように、考え方、話し方にも基本の型があります。
こどもの頃から、考える習慣も、話す習慣もある。毎日してきたことだ。
そんなことはわざわざ習わなくてもわかっているという方も多いことでしょう。
では、考えること、伝えることの基本ルールを自分の言葉で語れる人は、どのくらいいるでしょうか。


「基本の型」とは一体、何でしょうか。
なんとなくわかっていたつもりでも、言葉にはできていないということも、あるかもしれません。
理解していたはずなのに、実際自分でやってみるとうまくできないということも、あるかもしれません。
多くの方が痛感しているように、「考えること」「伝えること」は簡単なようで、奥深いものです。
では、一体何を手掛かりに前に進んでいけば良いのでしょうか。
考える習慣はあるけれど、人に伝わる話し方ができない。
そもそも考える習慣がなく、自分の意見を持つことができていない。
そのどちらも助けてくれるのが『ロジカルシンキング』、論理的に考える方法です。


『ロジカルシンキング』と聞くと、仕事や交渉の場で活用するもの。
理屈を重ねて相手を論破するスキルという風に思っている人もいるかもしれません。
それは、痛いところを突かれて何も言い返せなかった経験から来ているのではないでしょうか。
論理的な思考は、誰かを倒す、黙らせるために使うのではありません。
自分の考えを整理し、無駄を省き、情報をシンプルにまとめ、相手にわかりやすく伝える。
その結果、納得せざるを得ない、それ以上は何も言えないということも起こってくるのです。
さらにこの『ロジカルシンキング』は、「聞き手」がいないときでも役に立つスキルです。
自分に対して、質問を投げかけ、自らの考えを深めていく。
何がしたいのか。どうしてそう思うのか。本当にそれでいいのか。
何度も繰り返し問いかけ、自分自身を納得させていく。
だからこそ、誰かに伝えるときにも自信を持つことができます。


このあとは何が食べたい? 明日は何がしたい? 
結婚について、自分はどう思う? 今後の将来設計はどんな風に描きたい? 
今の仕事とはどう向き合っていく? 将来はどんな願いを叶えていきたい? 
今度の週末は何をしよう? 自分が本当に好きなこと、やりたいことってなんだろ? 
その答えは? その理由は? 
何を根拠に答えを導き出し、何を参考にこれからやっていく? 
自分自身に問いかけ、考えを深めていくことで、無駄が省かれ、本音に気付いていくことができます。
自分はどう思うのか。どうしたいのか。


その答えをハッキリ持っていなければ、人に何かを伝えることはできません。
今の自分に足りないことに気付き、その解決方法を見つけていく。
やるべきことを明確にし、得体の知れない悩みに、時間をとられることもなくしていく。
人生で次々現れてくる課題を中途半端にせず、一つずつ答えを出していく。
そうすることで、常に頭の中が整理され、誰かに何かを伝えるときにも、わかりやすく発信することができるのです。
前に進むための第一歩に、『ロジカルシンキング』始めてみませんか? 


「自分の人生、何もかもが中途半端だな」
「このままでいいのだろうか」
ぼんやりと浮き上がってくる不安や疑問に、一つずつ答えを出していきませんか? 
どんな選択をするとしても、『ロジカルシンキング』で自分なりの答えを見つけていけば、納得して進むことができます。
どんな道を選んでも、「これで間違っていない」と自信を持つことができます。
例え失敗したとしても、その失敗を成功の為の第一歩へと変えることができます。
このまま、「このままでいいのだろうか」と考え続けているだけで、いいでしょうか。
何を起点に考えていけば良いのか。今の自分に何が足りないのか。
まずはそこから見つけていきませんか? 
あなたは今、何を食べたいですか? 将来はどんな願いを叶えたいですか? 
そのために、今やるべきことはなんでしょうか? 
「考えること」「伝えること」の基本の型を身に付け、これからの選択肢を、人生の答えを見つけるヒントを探っていきませんか。
真剣に考えた後はきっと、お腹が空いて食べたいものもたくさん浮かんでくるはずです。


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2017.06.08

1冊の雑誌から、人生が変わることもある

来週発売の雑誌「READING LIFE」のお陰で、人生が変わりそうです。
それは、これを読んで、雑誌を予約しよう!

http://tenro-in.com/readinglife/37156 

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2017.06.07

ロジカルプレゼンテーションセミナー 渋谷

もう梅雨入りなのですかね。
今日は、渋谷でロジカルプレゼンテーションのセミナーです。
的確に伝えるプレゼン力を鍛えます。

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N&Sラーニング主催のセミナーもあります。

・【東京】06月17日(土)
東京芸術センターにて

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2017.06.06

彼女の背に向かって、どうして、どうしてこうなったんだ、と叫びたかった《プロフェッショナル・ゼミ》

天を仰ぎ見たくなるとき、
というのがある。
そんな気分を書いてみました。
天狼院書店サイトに掲載いただきました。
お目汚しに!

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2017.06.03

6月3日の小確幸

今日の小確幸(ささやかだけれど、確実に幸せなこと@春樹)
29インチのジーパンをはけたこと。
1年前は34インチくらいだった。
学生時代に戻ったみたいだ。ふふ。


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